【嘆くなり我が夜の幻想】
YU-GI-OH×BAKURA
<Chapter 1  暮れ行く太陽の下で祈りを捧げ>


 色素の抜けた量の多い長髪。
 白と水色を基調にした服装。

 性別の判断に悩むその後ろ姿を発見した闇の遊戯は、意外そうに目を見開いた。
 時刻はもう夕方。今夜、1週間の出張からようやく帰還する恋人を暖かく迎えに行くついでに、折角なので歓迎の為に小道具でも用意してやろうかと、うきうきと買い物に出かけていたときの出来事であった。
 あまり大規模でないゲームショップというのは、通りから一足奥の裏道にあることも多い。
 遊戯がある日偶然発見したそんなショップは、ゲームの品揃えはエロティックな趣向のものが多く、さして遊戯の気を引かなかったが、それよりも店舗の二階で隠れるように販売されていた実用的な玩具が興味を引き、遊戯はそちら目当てに時折足を運んでいた。
 後からその通りは、童実野町でもアンダーグラウンドな商店の居並ぶ地帯と知った。

 遊戯が見つけたコントラストの淡い友人は、その裏路地沿いの小さな薬局の前に立っていた。こんな場所の薬局である。当然扱う商品は、真っ当な医薬品や日用品だけに留まらない。
 その後ろ姿は、薄汚い壁に貼られた性的不能改善薬品のポスターをじっと見つめているようだった。

「……獏良?」
「!!!」
 名を呼んでみたら、一瞬跳び上がった後、凄まじい勢いで振り返った。
 女の子、しかも飛び切りの美少女で通用する顔立ち、日の光で消え逝きそうな雪白の肌。
 その風貌は一連の遊戯の友人の中でも、千年の因業深き獏良了のもの。
 大きく見開かれた淡い色合いの瞳と目が合った次の一瞬だけ、その眼にほっとしたような色が浮かび、すぐに露骨な嫌悪にとって変わった。ぎらぎらした剃刀の如き瞳に、遊戯はそれが友人のものでないことを知る。
「…なんだ、テメェかよ…。テメェこそ何してんだよ、こんな場所でよ?」
 その口から出た言葉に、遊戯の顔もまた嫌そうなものに変化する。お互いコイツ相手にカケラも遠慮する義理はない。
「ああ、お前か…。買い物だよ、買い物」
「ケッ。こんな店で買うモンなんて、どーーーせアレでソレな代物なんだろ? さては社長さんに飽きられたかァ?」
 今から訪ねる予定の人物の名を引き合いに出され、遊戯の鼓動が少しだけ早まった。しかし下世話な揶揄に不機嫌さを隠さずに睨みつける。闇の世界の住人同士だ、目つきの悪さは引けを取らない。

「あぁ?何言ってやがる、オレと海馬はラブラブだぜ? 見て分らないか? 鈍い頭だな」
「ホウ、そりゃ悪かった。でもたぶんどんな頭が切れるヤツが見ても、テメエと社長はラブラブには見えねえだろーけどな。見えるとすりゃ頭がキレてるヤツだけだろ、テメエとか」
「……お褒めに預かり光栄だぜ」
「…どういたしまして。ちなみに褒めてねェ」
 うすっぺらい感謝の笑顔を顔に貼り付け、デコレーションされた悪意を応酬する。端から見れば、きっと二人の表情はそっくりだ。
「で、そう言うお前は一体『こんな場所』で何してるわけ? フィギュアならもう2本向こうの通りだぜ?」
「あァ? ビデオだよビデオ。でもこんな場所宿主に歩かせるワケにいかねえだろ」
 過保護な言動に自分を棚に上げて遊戯は苦笑した。しかし確かに日が落ちてからこの界隈をうろつくには、獏良の容貌は人目を引きすぎる。狷介な守り手が表に出ていれば、うっかり絡んできたチンピラも兇悪な正体に退散せざるを得ないだろう。
「…お前も大概甘い奴だな」
「そうか? テメエこそ、その袋の中身、可愛い相棒に見つかんねえように気をつけな。…で、何ソレ?」
 遊戯の手にぶら下げられた黒いビニールの手提げをバクラは興味津々で覗きこむ。遊戯はしばし逡巡した後、馬鹿げた玩具の商標名を口にした。
「…『電動アドベンチャー』」
「なーんだ、ゲームソフトか?」
 誤解だったがそれを解消するのも気恥ずかしいし、誤解のままにしておくのがお互いの為に有効と遊戯は判断した。少なからず後ろめたい引け目を感じている遊戯の言い訳は、切れ味のすこぶる優秀な普段の弁舌からは程遠い歯切れの悪いものになる。
「あー…。まあ、ゲームと言えばゲームだし、電化製品だし、入れて使うっていう点ではソフトの部類だな…」
「?」
「あーー、もう、お前とプレイしたいわけじゃないんだから、それ以上気にするなよ。それよりお前なんで薬局の前なんかに突っ立ってた訳? 言っとくけど風邪薬の類とか買う気なら、その店は割高だぜ?」
 本意を汲み取れない遊戯の説明にまだ追求し足りなさげなバクラに、遊戯は話題の転換を提示する。
 今度はバクラがぎくしゃくと視線を泳がせた。その態度の如実な変化を遊戯のあざとい両眼は見逃さない。
「なあ…、まさかお前…」
「だーーーーーーー!!!!違うっ!!別にコレを買おうとしてたわけじゃねえ!!誤解すんな!!」
 一気にテンションを高騰させたバクラは外聞も無く喚き散らし、遊戯の視界から例のポスターを隠すように立ちはだかった。過剰な反応が偽りの言動の信憑性をこの上なく零細にしている。
 遊戯は殊更ゆっくりと満足げに口角を吊り上げる。片頬だけに浮かべた微笑は、通常彼が浮かべうる微笑よりも、数倍性悪な印象を与えた。
 バクラは勿論、本人すら自覚してはいないが、彼の顔がこの表情を形作るのは、無意識のうちに自らの勝利を確信した時だった。
「…誰がお前がそれを買うなんて言ったよ? ご丁寧に指まで指してさ〜、何、ソレ買う気だったの?」
「……!! …て、テメェ…っ」
 ニヤニヤと、上品とは言い難い薄ら笑いを浮かべる陰謀家に、バクラははっとしてハメられたことに気づくが、すっかり動揺した思考は有効な機転を生み出せず、ただ口をぱくぱくさせることしかできない。
 自分の仕掛けたトラップに相手が落ちる瞬間の快感は、どんな類の駆け引きでも変わらない。心地よい優越感に浸りながら遊戯は思った。
 この様子ではおそらくコイツのデュエルでの駆け引きは自分の親友の半分も上手くない。むしろ慢性癇癪持ちの自らのライバルを思い起こさせた。
「怖い顔…。オレは睨まれなきゃいけないようなことでも言ったか? お前が役立たずだなんてこれっぽちも思ってないから安心しろよ、第一獏良君に失礼だ」
「……しつこいぞ、テメェ…」
 肯定でも否定でもない搾り出した忠告と、よりいっそう鋭さを増した視線に遊戯は肩をすくめる。おどけた仕草はバクラの怒りを増幅させると踏んでのジェスチャーだ。
「ククッ…、オレがここにいると貴様はソコから動けないみたいだから、そろそろオレは失礼させてもらうぜ?今夜は海馬が帰ってくるんでね…。ああ、でもまだ大分時間があるから…城之内君のとこでも行くかな…」
 意味ありげな視線を別れの挨拶代わりに手向け、クスリと笑いながら遊戯は日が落ちて暗くなってきたその場から立ち去ろうとバクラに背を向けた。
 このまま彼をからかって時間をつぶしても良かったが、あまり追い詰めて逆切れされても困る。
 しかし、台詞の途中で背を向けてしまった為、遊戯はバクラの肩がぴくりと揺れたのに気づかなかった。
 そう、ジョウノウチという単語が紡がれた時に。

「…………城之内……」

 音声に成るか成らないかの瀬戸際の小声が背後から聞こえた為、遊戯は訝しげに歩みを止める。
 生憎と内容は聞き取れなかったが、声のか細さの割に不吉な情念だけははっきり感じ取れた。
 今更ながら、聞こえなかった振りをして立ち去りたい欲求が込み上げてきて、立ち止まってしまった愚鈍さを悔いてみたが、無視して立ち去れる局面はタッチの差で過ぎ去ってしまった後のようだ。
 そこはかとない凶兆を予見しつつ、遊戯は渋々振り返る。
 バクラは例のポスターの前に突っ立ったままだったが、やや俯いている為表情が見えない。小刻みに震える肩を視線で辿れば、固く握り締められた拳に辿りついた。
「あーー…えっと、悪い、言い過ぎ…た?」
 怖々と表情を覗いながら、怨念増殖炉臨界寸前のバクラに一応詫びてみる。…無駄な気もしないでもなかったが。
「……テメェが……」
「は?」
 小さく震える声で洩れたつぶやきと共に吐き出された怨讐の念が遊戯の背筋を這い上がる。額に一筋冷や汗が流れた。

「テメェが何もかも悪ィんだろがぁぁぁあーーー!!!!」
「うわ、悪いって、本当言い過ぎた、謝るから、おっ、…ぐええエえ〜〜!!」

 …やはり如雨露の水で原子炉を冷却する試みは無謀だったようだ。
 臨界点をブチ破ってわめくバクラに襟元を締め上げられながら、それでもあたふたと如雨露の水を撒き散らしてはみたが、露ほどのそれは儚く核分裂の餌食と消えていく。
 バクラとて決して長身ではないが、遊戯に比べれば彼の方が背が高いので、襟元を掴み上げられると呼吸が困難になる。
 遊戯としては軽くからかっただけのつもりだったので、まさかここまで逆上されるとは思っていなかった。海馬の怒りの臨界点もかなり低いが、コイツのは時間差で襲ってくるため手におえない。
 首をがくがくと揺さぶる凶暴な両腕からようやく逃れた時には、息も絶え絶えにみっともなくもその場に座り込んでしまった。
 日没前より増加した通行人の好奇の視線が背に痛いが、とりあえずそれどころではない。
 うつむいて同じくゼイゼイやっているバクラの外見に誤解したのか、野次馬の中には痴話喧嘩と勘違いしているヤツもいるようだ。見当はずれも甚だしい。
「…ゲホ、は…っ、な、バクラ…、そんなに怒るなよ…、ちょっとからかっただけだろ…?」
「うるせえっ!!! テメエが城之内に余計なこと吹き込むからだろうがああァ!!!」
「はぁ?? 城之内君…???」
 いきなり飛び出した第三者の名に反応しきれず、間抜け面で鸚鵡返しに今はこの場に居ない親友の名を唱えた。
 今の悲劇的状況と城之内君の間に全く関連性を見出せず、呆けた回答をしてしまったのだが、バクラはその態度がどうやら気に入らなかったようで、さらに激昂して金切り声を張り上げる。
「すっとぼけんじゃねえぞォこの腐れゲス野郎!!! テメェのせいでオレ様がどんな目に合ったと……っ」
「……どんな目に合ったんだ??」
「っ……!!!うるせえ!!!やっぱ殺す!!今死ね!すぐ死ね!!ここで死ね!!!」
 リズミカルな三段殺害宣言の言葉どおり首筋に掴みかかろうとする手を振り解きながら、やはりバクラの逆上の理由は掴めない。
 これが海馬なら有無を言わさず唇をふさいで、おとなしくなったところで、耳元におお愛しき恋人よ罪深きオレを許し給えとでも囁けば、後はなし崩しにムードでどうにかなるものなのだが、バクラ相手にその手段を講ずるのは抵抗があるし、果たして効果があるかもわからない。第一ここは一目が多すぎる。
 いつのまにか野次馬のヒソヒソ話は見当違いのまま発展し、遊戯は浮気を彼女に糾弾される彼氏役に認定されてしまっていた。

「待てよバクラ、オレが一体何したっていうんだ!? 落ちついて話してみろよ!!」
「テメェの胸に聞いてみろォ!!とりあえず死ね!!後のたわごとは地獄の鬼にでも言ってこい!!!」
 通行人を有無を言わさずその場に釘付けにするほどの大音量で喚き続けて息が切れたのか、バクラは薬局の壁にもたれて荒く呼吸を吐き出している。
 おそるおそる手を差し出したら、予想通りぴしゃりと叩き返された。
 遊戯の手を弾いた手の平は、そのまま壁に叩きつけられる。ドンという音に遊戯の体がビクッと強張った。
「…は、はぁ、大体…なんで、オレ様が…こんな場所で、こんなモン、見てなきゃなんねえんだよ…」
 切れ切れの呼吸の間でつぶやくバクラは、壁に爪を立てフラフラと立ちあがる。
 その時、バクラの爪が引っかかってる地点に視線を泳がせた遊戯の顔が、今までの比でなく引きつった。
 口論を始めた段階から大分移動したバクラの立ち位置のせいで、その手の指すものは先程までの争点の中心であった不能治療薬のポスターから、妊娠判定試薬の貼り紙へと移行していた。
 バクラ当人は全く気づいていないようだったが、遊戯と、そして顛末を見物している野次馬も目ざとくそれに気がついたようだった。遊戯の背中に刺さる視線が浮気容疑時より数割威力を増した。

「な、バクラ、ごめん、オレが(たぶん)悪かった(のか!?)。だから、たのむから…ここから移動してくれよ…」
「ヘッ!やっと解ったか!!テメエが悪ィ全面的に悪ィ絶対的に悪ィ根本的に悪ィ全く持ってその通りだ!」
「うわああ!頼むからデカイ声で叫ぶのはヤメテーーー!!!文句なら後でいくらでも聞いてやるから!!本当に頼むから場所代えようぜ!?」
「……っ…、さわんな! 一人で歩ける!」
 壁面に雑然と貼られたチラシにガリガリと爪を立てるバクラの手の動きに眩暈を覚えつつ、目一杯譲歩して謝罪したら、ある程度感情が落ちついてきたのか、バクラは遊戯の提案どおり薬局前から去る気になったらしい。今更になってようやく自分が雑踏の好奇の的になっていたことに気づいたらしく、人垣を兇悪な三白眼で睨みつけると、足早に立ち去ろうとした。
 しかし、遊戯が肩に手を置こうとしたら、案の定キッと睨み付けられ、走り出してしまった。
 ひとり取り残された遊戯の背に、「あーあ、彼女泣きそうだったよ〜」とか「ひどい男〜、孕ませた上浮気〜?」とか、無責任極まりない侮蔑が投げかけられる。
 泣きたいのはこっちだと思いつつ、バクラの後を追うべきかどうか悩んだが、追わずにいたらさらに何を言われるか分ったものではない。。
 目撃者全員の記憶を打ち砕いてやりたい衝動を堪え、今後この諍いにおかしな脚色が加えられ広まらぬことだけを切に願う。

 とりあえず数ヶ月はこの付近に立ち入るのは控えよう。
 根本的な反省になっていない自戒を心に刻み、おぼつかない足取りで走り出したバクラの後を追った。
Chapter 2→

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