【嘆くなり我が夜の幻想】
YU-GI-OH×BAKURA
<Chapter 3 メイクラブ叶わぬノスタルジー>


「ホラ…キスしていいんだぜ?」
 魅惑的に細められた双眸は紅と紫のグラデイション。
 今まで遊戯の瞳の色など意識したことはなかったが、なんてヒワイなカラーリングだろうとバクラは思った。
 しかもその瞳に映りこむのは紛れもない自分の顔で。
 己の姿が遊戯の瞳を構成する一要素であることを思うと、すでに自分が相手の手の内に落ちたようで気分が悪い。

「逆セクハラ野郎かテメエ…」
 うんざりとした態度を前面に出し、至近距離の遊戯を睨む。遊戯はというと何処吹く風で、フ、と軽い笑いを唇の端に浮かべてバクラにしつこく誘いをかけてくる。
「あぁ? 貴様こそいつも倫理的に背徳な事ばっかりしているだろ? 今更こんな場面で公序良俗とか言っても説得力無いぜ? それともお人形相手じゃないと駄目とか?」
「うるせえよ」
 息がかかるほどの近距離にある遊戯の口唇。甘えるようにほんの僅かに開かれた無防備な隙間から垣間見えるのは、ただ漆黒の闇。
 据え膳? 冗談じゃない。
 厳重なリバースカードの螺旋に守護されたクリボーに攻撃しろと言われているも同じだ。
 そこにみすみす足を踏み入れるほど自分は愚かではないはず。

「…何でオレ様がテメエなんぞにキスしなきゃなんねえ訳?」
「あっ、そう。したく無い訳か? さっき目には目をとか言ってたから協力してやろうかと思ったんだがな」
「右の頬をぶたれたから左も差し出すってか? テメエじゃなけりゃ信じる気も起きるけどな」
「信用ないんだなオレ、ていうか用法間違ってないか? …まあ、それじゃ仕方が無いな。背徳には信頼、不実には愛。オレがしてやるとするか」
「す、すんなっ!! されるくらいならしたほうがましだっ!!」

 喚きながら大慌てで遊戯を押し返した。つい口走ってしまった内容に遊戯はニヤリとほくそえむ。
 単純な挑発に簡単に乗せられてしまったバクラは今更ながら困惑の表情を浮かべていた。
「フッ…じゃあ、してみせてくれよ、ホラ」
 すっと伸びてきた右手の指がバクラの唇をなぞり、そのまま首にまわされた。
 大人しく目を閉じて待っている遊戯を、苦虫を1ダースは噛み潰したような顔で睨み付けると、逡巡の吐息を吐き出した。
 どうやら口付けてやらないことには、てこでも離してくれそうにない。
 相手が遊戯なのがどうにも納得いかないが、されるよりはマシと自分に言い聞かせる。
 バクラは切腹前の侍のような悲壮な覚悟を決めた。
「………、いくぜ…」


 ガチガチに緊張した宣言に遊戯はつい噴出しそうになったが、笑いを堪えて待っていると、すぐに口唇に柔な触感を感じた。
(柔らかいな…)
 それがあのバクラの持ち物だと思うと奇妙な違和感を覚えるが、身体そのものはあのほや〜とした獏良のものなわけだから、柔らかいのも頷ける。
 しかし。
 いつまでたっても何秒待っても、唇にあたるのはふにふにした触感だけで。
 首にまわした手で催促するように頭を引き寄せたりしているうちに、遊戯はだんだん息苦しくなってきた。
 そろそろ時計の秒針が一周をめぐっただろうか。鼻で微小な呼吸を継ぎつつ、そろそろ遊戯は不審に感じる。
薄っすらと目を開け、そして驚愕した。

「!?」

 なんとなれば、顔を真っ赤にしたバクラが、必死の、しかも窒息寸前の形相を浮かべ、両目をしかと見開いて自分を睨み付けていたのだから。
「うわあ!?」
 遊戯は衝動的に一言叫ぶとバクラの両肩を掴み引き剥がした。
 支えをなくしたバクラの身体がぐらりと後ろに倒れかけたので、今度は慌てて背中に手を回し地面との激突を回避させてやる。まだ首の座っていない赤ん坊のそれのように、バクラの頭部はガクンと傾いで遊戯の胸に収まった。
「おい!?大丈夫か?」
「…はぁ、はっ…うえっ…」
「……駄目か」
 …浅いプールでおぼれた幼児を解放する気分だ。
 ようやく供給可能になった酸素を必死にむせながら吸いこみ続けるその姿に、いくばくかの憐憫を覚え、苦しそうに上下する背中を出来るだけ優しくさすってやる。
「息、止めてたのか?」
「…っは、う、うるせ…っ」
 会話するよりまず呼吸、と言わんばかりに問い掛けを寸断され、遊戯はやれやれとバクラの背をさすり続ける。よしよしとでもいもうものなら、通常なら即座に鉄槌を食らわされるであろうが、きっと今なら反撃されないだろう。
 バクラという男はてっきりその手の類の交渉は経験済みだという印象があったのだが、まさか彼がこれほど不慣れだとは予想もしていなかった。

 バクラの呼吸が整うまで、ぼけっと彼を観察していたら、視線に気づいたのか下から睨まれた。
 もっとも咳き込みすぎてすっかり涙目になっているせいで、これっぽちの迫力も無かったが。
 今は血が昇って真っ赤に染まってしまっている白面は、いつもは目つきの兇悪さと髪型ののインパクトのせいで見過ごしていたが、こうして見ると遊戯の好みというわけではないが、可愛い部類の顔立ちをしている。そもそもあの病弱美少女系の獏良の身体が素体なわけだから、当然と言えば当然だが。
 こうして抱きかかえていても、獏良の身体は身長の割にろくに筋肉も脂肪も付いていなくてどうにも頼りが無い。オタク特有の体型と言ってしまえばそれまでだが、そう言いきってしまうには容姿が整いすぎている。
「…おい、いつまでこうしてるつもりなんだよ…」
 バクラの外見に思いをはせていたら、本人に思考を中断された。
 あらためて彼に視線を移すと、自分を睨んでくる眼に何故かドキっとした。
「あ、えっと、もう大丈夫か?」
「…おう。だからいい加減さするのやめろよ。逆に吐き気がしてきたぜ」
「ああ、悪い…」
 背中から手を離すと、遊戯に抱きかかえられていた格好がよっぽど気に入らなかったのか、すぐに離れようとする。
 今まで自分にもたれかかっていた温もりが失われ、遊戯は奇妙な喪失感を覚えた。
 相手がバクラなのは判っていたが、それでも離したくないという思いがふいに沸き上がる。
 そして、それはすぐさま行動に現れた。

「おい!? 離せ馬鹿屋郎!!」
「却下だ」
 殆ど無意識に遊戯はバクラの身体を引き戻した。かなり乱暴に。
 半身を起こして片膝をついていたバクラは、不安定な姿勢に加えられた突然の引力に腕を地についてしまった。遊戯は彼にすぐさま追い討ちをかけることはせずに、バクラの次の挙動を目を光らせて待つ。
「テメエ、何考えてやがる! 殺されてえのか!?」
「…何考えてるか、か…?」
 ふらりと立ちあがりかけたバクラの体勢がととのわないうちに、遊戯は彼の身体を抱えると、そのままの勢いで、半壊寸前の古着の褥に倒れ込む。手探りで手近にあったジーンズからベルトを引き抜くと、うつぶせに押しつけたバクラの両腕を拘束した。
 遊戯王の神技に盗賊も顔色無しだ。もっともバクラが冷静になればこの程度の拘束は障害ではないのだが、いかんせん今の彼は頭に血が上りきっている。
「痛ってぇ! 何しやがる!?」
「いや、城之内君みたいなカワイコちゃんにいいようにあしらわれてるお前の無防備さ加減が気になって」
「気になったからって実践すんじゃねえ〜!!!」
 じたばたと抵抗する身体を力ずくで古着の山に押しこみつつ、さらりと反撃を受け流す。
 いつも体力バカの海馬を相手にしているのだ。捕獲済のオタク少年の扱いなど容易いものだ。
「だからさ、実戦を交えてレクチャーしてやろうかと。ノンケの素人さんには手取り足取り丁寧に講習してやるから、な?」
「な?じゃねえだろ! 丁寧とか言って早速縛りかよ!?」
「だって縛っとかないとお前逃げるだろう?」
「当然だろうが!!」
「じゃあ縛っとかないと」
「当然みてえに言うな!!」
「いちいちうるさいぜ。説明はあとでまとめてしてやるから、大人しくしとけよ」
「ぎゃー!!」
 獲物をよいしょと仰向けにし、馬乗りになる。
 布地に押しつけたときに吸い取られたのか、自然に乾いたのか、すでにその瞳から潤みがなくなっているのが残念だが、これからまた泣かせてやればいいだけの話だ。
 睨み殺さんばかり兇悪な光を両眼にたたえるバクラを、ニヤリとさも嬉しそうに見下ろした。

「だってお前さ、あんなに下手なキスじゃ女が出来た時どうすんだよ? つーかそもそも出来ねえだろ。それともこういうこと嫌いなのか?」
「うるせえ! テメエ相手じゃなけりゃまともにやってたさ!」
「…つまりオレがキライなわけか?」
「一回でも好かれる事したか!?」
「うっ」

 ストレートに質問返しをくらい、遊戯が少しだけひるむ。
 しかし、遊戯としてみてもバクラが少しでも自分に好印象なことをしてきた事実は無い訳で。
 ここまで遊戯を突き動かしたのは、バクラの外見と反応に対する思わぬ好印象だ。無論友情も愛情もない不貞な衝動である。糾弾されればカケラ程の正当性もない。
「…ま、どうやらオレはお前の事が思ってた程嫌いじゃないみたいなんだ。それを意識した途端なんかムラムラと…」
「オレ様はムカムカするんですけどォ!!テメエ思ってた以上に嫌な奴だなっ!!殺す!ブッコロス!!」
「…ハイハイ後でな。いい加減黙れよお前、キスしたいんだけど」
「させるか!死ね!」
「それじゃあすっとばして次のステップに移りマース」
「嫌――――!!アッ!この!畜生っ!!」
 おなじみのセンスのないボーダーTシャツをべろりと捲り上げ、剥き出しの脇腹に指を這わせる。バクラは必死にもがいてどうにか逃れようとしているが、縛られた上馬乗りされた体勢では、到底逃避の術は無い。
 渾身の抵抗がどれほど意味を為さないかを、じっくり時間をかけて教えてやろうと遊戯は思う。
 それにしても、曝け出されたバクラの素肌は夜目にも驚くほど白い。
 海馬の裸身を見たときも色が白いという印象を持ったが、コイツの蒼白さは病的の範疇だ。
腹筋にそって下から上に指を這わせてやると、ジタバタと闇雲に暴れる動きを中断させるように身体が跳ねる。面白がって何度か繰り返すと、バクラは悔しそうに唇を噛んだ。

「…遊戯っ」
「ん?」
 切羽詰った声で名を呼ばれたが、上手く聞きとれなかったので顔を近づけてやる。
 あからさまに嫌そうに表情が歪んだが、当然それを見越しての行動だ。
「…なァ、判った、もう抵抗しねぇから…」
「もう降参か? 意外に根性ないんだな」
「話は最後まで聞けよ、もちろん条件がある」
「…ふうん?」

 一旦動きを止めて苦し紛れの言葉に耳を傾ける。だが、実のところ遊戯は交渉に乗るメリットはあまりないと思ってはいた。交渉するまでもなく自分が圧倒的有利なのだから。
 それでも耳を傾けたのは、ゲームは出来得る限り楽しむべき、という遊戯のポリシーから来る好奇心。
 今の情勢では全面勝利を得るのは容易そうだが、はっきり言ってそれでは何の面白みも無い。
 やりがいがあるから燃えるのはどんなゲームでも変わらない、すべからくカードでもセックスでも。やれるものならその条件とやらを逆手にとって、さらに相手をおいつめる材料にとって代えてしまえばいい。

「…聞こうか? 言ってみな」
「あぁ…、ひとつ、ゲームをしようぜ?」
「へえ?」

 ゲーム。その単語を聞いただけで遊戯はワクワクする気分を止められない。
 頭脳さえ冷静になれば、きっとこの盗賊は自分にされるがままだけの器ではないと遊戯は勘付いていた。
 この局面でゲームの提案。確かに遊戯の侵攻を止めるキーワードとしては一級だ。

「…ルールはいたって単純、先にイッた奴が負け。勝敗がつくまで挿入禁止。…それだけだ…」
「…何だと?」
 …まさか彼からこんな提案を持ちかけられるとは予想の範疇外だったので、正直言って遊戯は驚いた。
 この勝負に自分が負けるとは遊戯はこれっぽちも思っていなかったが、ここまで自信満々に言われると逆に不安になる、何か裏があるのではないかと。

「どうした、王サマよ? 自信ねえの? …フッ、じゃあ仕方ないけど…」
「やる」
「…ククッ、そうか…」
 落胆を含んだ眼差しを向けられ、遊戯のプライドが即座に参加の意思を表明させた。
 こんな素人同然の奴に怖気づいたと思われては、遊戯王の名がすたる。
 まんまと嵌められた気もしないでもなかったが、引き下がるのは遊戯のピラミッドより高い自尊心が許さない。

「…それじゃ、この腕といてくれねえ? 逃げねえからさ」
「フン、流石に達者だな…、だが、そいつを外す前にこれだけは決めておこうぜ? …罰ゲーム」
「…勿論だぜ、それがなくちゃ面白くねえ」
 罰ゲームと聞いただけで心踊る二人は、二人して不穏な笑みを浮かべた。何気に同類項のようだ。
 バクラは少しだけ考える素振りを見せつつ、楽しげに口を開く。
「ま、シンプルに、負けたら今夜一晩勝った相手の言いなり、ってのはどうだ? …ちなみにオレ様が勝ったら、テメエには童実野大通りを駅前から海馬ランドまでパラパラを踊りながら脱衣&疾走でもしてもらうつもりだがなァ! ヒャハ!」
「フン、低級な思考だぜ。夜はもっと有効に使うべきだろう? …そうだな…、一周間は足腰が立たなくなるくらい玩びまくって、冬でもないのに上着とマフラー無しで表が歩けないくらい指先まで痕だらけにしてろうかぁ…? もっともオレが勝った時点ですでにふにゃふにゃになっちまってる危険性もあるがな? ククク…」
「…ハ、どっちが低級だよ」
 どちらも自分の勝利を全く疑っていない様子で、下品な笑いを交し合う。
 遊戯はバクラの身体を起こさせると、拘束を解く為に彼の背に手を回した。
「…今更やめなんて言うなよバクラ?」
「言わねぇよ。折角テメエに赤恥かかせられるチャンスを逃すわけねえだろ? 勿体ない」
「…ふん。大した自信だな…期待させてもらうぜ」
 確認と共に、バクラの両腕が開放された。
 バクラは軽く腕の筋を伸ばすと、喧嘩前の準備のように指の骨をポキポキと鳴らす。とてもこれから同衾しようとするアクションとは思えない。
 誘惑的というより、いっそ挑戦的な視線で遊戯を呼ぶ。口元がさも愉快そうに歪んだ。
「来い、遊戯…」
「…いくぜ」
 挑まれるまま、もしくは、誘われるままに、遊戯はバクラに手を伸ばした。
 この快楽を賭けた決闘のどこかに確かに潜んでいるであろう、今だ見えぬ罠に最大限の警戒網を張り巡らしながら。


 軽い身体は少し触れただけでふわりと布地のベッドに倒れた。
 身体におおいかぶさって見ると、相変わらずバクラは笑っている。居心地の悪さを感じ、早急に口付けて薄気味悪く歪んだ口を隠してしまう。

「…眼、閉じろよ」
「…ん、」

 大人しく従ったバクラが薄く開けていた両眼を閉じる。
 凶暴で狂った瞳が見えなくなると、とたんにバクラの顔はあどけなく見える。
 満足して、遊戯は改めて唇を落とした。
 バクラは抵抗しない。
 それどころか、先ほどの野暮な接吻がうそだったかのように、積極的に遊戯の首に腕を絡め続きを請う仕草さえみせる。
 その豹変振りにやや疑念は残るが、請われるまま遊戯は、わずかに開かれた小さな口に吸い付くように念入りに口付けてやる。
「…ふ、ぁ」
 気の抜けた吐息の隙間から伝う唾液を舐め取りながら、逃げる舌を絡めて吸い上げる。
 離れた位置の街灯の光りだけがぼんやりと照らす、狭くて薄暗い路地裏。
 浮いた息遣いと服の擦れる音以外は、遠くの道路から響くエンジン音が微かに聞こえるだけだ。
 遊戯は口付けの角度を変えながら、さらに強く腕の中に抱き込み、シャツの裾から背中を探る。
 キスを中断しないことにはTシャツを脱がせられないことに気づき、唇を離した。
 遊戯は舌技にはかなりの自信があったが、見ればバクラはけろりとしたもので、やや拍子抜けした。

「…なんだ、随分慣れたもんだな。さっきのは演技か?」
「ふぇ…? …あー…、むしろド忘れ? こーゆーことすんの数百年ぶり…?くらいだからかなぁ…」
 オレ様もなまったかな〜とけらけら笑うバクラ。1ミリグラムの色気も無い。
「ま、ぼちぼち思い出すんじゃねえの? いやー、この宿主ときたら性欲ゼロでさ〜、エロビとかでオンナの裸見ても解体対象としか見てねえんだもん。趣味うつっちまうよ」
「…むしろお前の嗜好じゃないのか?」
「いやいや、嘘じゃないって。あ、それより服脱がすのはやめてくんねえ? オレ様屋外で裸はイヤなんだけど。脱がせてえなら場所代払えよ」
「男同士でホテルか? なんだか切ない響きだな…改めて思うと」
「じゃあ試写室でも入るかぁ? …うっわ、本格的にしみったれてんなあ。…あ、そうだ、折角だからムード演出にさっきオレ様が買ったビデオでも見てく〜?」
「…超いらねえ。お前にだけはムード演出のセッティングさせたくないぜ。…ていうかお前ホント口開くと萎えだな」
「オイオイ、この萌え美少年のオレ様捕まえて萎えたァ聞き捨てならねぇな? ちゃんと気ィ入れてかかってくれねえと、先にイッたほうが勝ちにルール変更しちまうぜ〜インポ野郎さんよォ?」
「だ・れ・がっ! あとでヒーヒー泣いても手加減しねーからな。とっとと転がっちまえ!」
「あ〜あ、やーだねー、自分で自分のことウマイって思ってる男って、すーぐキレるんだよなぁ〜そーいうこと言われっと〜」
 ヒャハハと笑いながら、ついでとばかり遊戯の頭を抱え込んで引き寄せる。
 どこかに火がついたらしい遊戯は、破りかねない勢いでバクラのシャツに手をかけた。
「ちっ、さっきまでは結構可愛かったのに…」
「あん? オレ様可愛いでしょ。お気に召さない?」
「あーあー、さっきまではなー。今はちっとも可愛くないなーあー畜生」
「うわー失礼なお客さん。もっと可愛がれやコラ」
 顔だけは可愛いのに可愛げのカケラも無いバイタちゃんは、お客に擦り寄ると片手で首にしがみつきつつ、もう一方でズボンを脱がしにかかる。
 鬱陶しげに引き剥がすと、アンと呻いて転がった。
「黙ってろ。嫌なら力ずくでふさぐ。いいな」
 有無を言わさぬ命令に、バクラは不満そうに遊戯を見上げる。
 遊戯の眼に冗談っ気はないが、そうなると余計からかいたくなる性分が黙っていない。
「判りましたー。いい子にしてますー」
「うるさい」
「ワー」
「…黙れ」
「………はァい」
 ちぇっと舌打ちして眼を閉じる。本当はもっとからかってみたいが、遊戯が握り締めている千年パズルの鎖がミシと嫌な鳴き声を上げたので言うことを聞くことにする。下手をするとパズルを口に突っ込まれかねない憤怒を感じた。
 宿主の虫歯ゼロの歯が折れたら自分が困る。牛肉の塊を楽しめなくなるのは寂しいもんだ。
「………」
 遊戯の手が性急にバクラのズボンの前を寛げ、すぐさま下腹部から指が滑り込む。
 短期決着を望んでいるらしい遊戯は、かなり乱暴に掴み出すと、しかし、何かを思ってかまじまじと覗き込みつつ、そこで動きが止まった。

「…剃ってるのか?」
「生憎とオレ様の宿主様天使サマだから。ソレ生えてんのが奇蹟的」
 全ての人称代名詞に様で修飾されると、尊大なのか尊敬なのかもうよくわからない。
「もうひとつ聞きたいんだが…」
「何?」
「……使いものになるんだろうな?」
「…王様のテク次第ってとこじゃねえ? ま、がんばってな」
「…おう…」

 承諾とも絶望とも取れる感嘆詞を発し、しかし今更勝負を引き下がるわけにもいかず、遊戯は一縷の望みをかけ、一息つくと打って変わった丁寧な手つきで擦り上げていく。
 バクラがこの勝負を自信満々で持ち出してきたのはこういう裏があったからなのだろうか。
 酷い貧乏くじを引かされたものだ。
 花を咲かせてみろと渡された種子が、いつまでたっても芽吹かないと思ったら死んだ種だった気分とでも言おうか。
 いや、どこぞのエライ教授は古代エジプトの遺跡から発掘した蓮の種から、現代に大輪の蓮華を甦らせたと言うではないか。
 コイツが精力枯れ果てた古代の化石野郎でも、全く望みが無い訳ではない!
 …筈だ。

「…王様こりゃまた真剣な顔してんなあ〜。もっと気楽に楽しめよ?」
「おう、楽しませてもらってるぜ? さしずめ今のオレは花咲かじいさん気分を満喫中だぜこの枯れ木め」
 忌々しげに軽く歯を立ててやるが、枯れ木はジジイのアプローチに無関心だ。
 共に推定三千歳。寿高砂と祝うにしても、千歳(ちとせ)とはあくまで例え話。鶴や亀でも千万と生き永らえはしない。
「テメエがジジイでオレが枯れ木かァ…。ホモでジジイでインポテン、ヒャハ!救い難えなァ!!」
 バクラはイヒヒと笑いながら、股間の遊戯の頭をポンポンと叩く。
「はァい、おじいちゃ〜ん、アゴ外さないように気を付けてねぇえ〜ん」
「ケッ。外すかよ、こんなお粗末なブツで。3本咥えてもまだ余るんじゃねえの?」
「オイオイ、そんなに生えてたらバケモンだろ。お、こないだ見たビデオのクリーチャーが五本くらいあったかもな? 王サマもぜってーあーゆーのスキだと思うんだけどなァ〜今度一緒に見ようぜ〜」
「嫌だね。インポが伝染る」
「テメーそういう偏見はよくねえぜー?キスでエイズが伝染るとか思ってるクチかよ〜」

 掛け合いの合間にも遊戯は飽くなき追及を続けていたが、一向にバクラのモノは萎えたままで、そろそろ遊戯も内心焦りが芽生える。
 男の身体なんてものは、精神と離れた単純な外的刺激だけでも簡単に興奮するものだと思っていたが、この身体は女の子みたいな外見にたがわず男らしい反応を見せてくれない。
 心配になって内股に指を這わせて見たが、一応玉無しというわけではないようだ。
「どうした遊戯ィ? いくら宿主サマでもそんなとこに穴は開いてねえぜ?」
「…いっそ開いててくれたら助かったかもな。なんだよ、コレはただの飾りモンか?」
 うんざりと口を離すと、唾液でぬめった性器が垂れ下がった。
 バクラは遊戯の頭を引き上げると、からかう様に濡れた唇にべろべろと舌を這わせる。
 余計べとべとになる気もしたが、遊戯に止めさせる気力はそろそろ尽きていた。

「…つーかさ、なァ王サマ? 言っていいか?」
「嫌だ」
「…じゃあ聞かなくてもいいから言うぜ? 耳塞ぐのはご自由に。あー、やっぱ傷つくかなァ〜止めたほうがいいかなァ〜〜、やっぱ言っちゃうかな〜〜。……………下手」
「……」

 一瞬遊戯の頭がぐらりと後ろに倒れて斜めで止まった。
 かなりのダメージを受けたのか顔が青い。自慢の星型ヘアーも何だか色あせて元気が無かった。
「うお〜凄ェ腹筋。そんなに落ち込むなよ〜、テクがなくてもモノが立派なら全然問題ねえって。あ、でも今の状況だとあんまり立派だと王サマ負けちまうんだ〜ヒャハハ」
 ゴン、と鈍い音を立てて今度こそ遊戯の頭が地に落ちた。ついでに男のプライドも地に落ちた。
 復活の兆しを見せない遊戯に構わず、バクラは自分の着衣を整えると、遊戯のレザーパンツのジッパーを外し立派な物を引きずり出す。
 改めて目の当たりにすると、よくこんなモンがあの狭い穴に入るもんだという代物で、心の隅でいつも遊戯の相手をしている海馬に敬意を表した。

「元気ないねぇお客さん。ま、すぐ元気にしてやっからよォ? これでも数百年前は売女のジプシー女が宿主だった時期もあるんだぜぇ? 期待してろよな」
 死に体の遊戯に媚びた笑みを溢し、数世紀前の記憶を反芻しつつ、両手で持ち上げて裏側にべろりと舌を擦りつける。死体がぴくりと反応を示した。
 顕著な反応に鼻で笑い、半ばまで咥え込み、軽く歯を立てながら唾液を絡ませて吸い上げる。遊戯が上体を起こして制してきた。
「…おい…っ」
「…っは…。…テメェなァ、こんなん一本でもヤバイっての。さらにアソコに入れようなんざ殺人行為の一種じゃねえ? マジ死ぬってヤバイって」

 しゃべりながらも手の動きは止めず、しつこく刺激を加え続ける。
 ただでさえ一週間溜まっていた遊戯のモノは容易く勃ち上がり、腰にピリリと痺れに似た快感が走る。
 遊戯の額を伝う汗は、性感からでもあったし、敗北の危機からの冷や汗でもある。
 バクラはこんな勝負を挑んできただけあって、どうして技巧は大したもので、このままだと遠くない将来顔を覆いたくなる結末を迎えかねない。

「ま、待てっ…、バクラ、離せ!…っく!」
「ゥ…ふぁ? 待つのはイッてからでも遅くねえだろー? 途中で止めんなよ、野暮天」
「遅いだろ!っつ、つーかフェアじゃねえだろっ! 枯れ木と若木で勝負して、花が咲いたほうが負けってのはどうだよ!?」
「…人を枯れ木枯れ木とよく言ってくれるねェ。そんなんテメエが下手!!なだけじゃねえか。花咲じじいだって枯れ木に花ぐらい咲かせるぜ?テメエジジイ以下」
「黙れ不能っ!」
「うっせえノーテク!!」
「子供珍子!!」
「見掛け倒し!!!」
「やかましいこの勃起不全っ!!!」
 性的興奮に二乗する形でイライラを蓄積させていた遊戯は、バクラより一足早く怒りの臨界点に達し、バクラの胸にかかっていた千年リングを掴み上げ力任せに引き寄せた。

「っ、あ!」
「!!?」

 途端、バクラの口から浮かされたような悲鳴が上がり、それを聞いて遊戯の動きが止まる。
 バクラはというと、一瞬戸惑ったような表情をし、慌てて口を塞ぐが出た悲鳴は戻らない。
 気を取りなおして、遊戯が気づかないうちに勝負を決めてしまおうとほったらかしの男根に手を伸ばしたが、その前に遊戯に手首を捕えられる。

「…バクラ」
「……おう…」
 恐る恐る遊戯を見る。
 にっこりと笑っているように見えるが、細めた眼は触れなば切れる剃刀のように寒々しく底光りを発している。
 逆立った髪型がどこぞの寺院の十二神将像のようで、背後からの逆光が薄暗い路地に悪魔めいたシルエットを映し出していた。
 バクラには本当に遊戯の背に黒い翼が見えていたかもしれない。

「…いくつか質問に答えてくれるか?」
「…答えられる範囲で…っや!こらァ!」
「一切合財洗い浚い嘘偽り誤魔化し無し、でだ。……いいな?」
「……へい」
 ひねくれた答えを返した途端、千年輪を容赦無く掴まれ、バクラの口から悲鳴があがり、偽証を封じられる。

…ヤバイ。
……ばれた??

「さて…まず、これはどういうことだ?」
「ん、ひゃっ…」
「何でコイツを弄ると貴様が悲鳴をあげるのかなあ…?」
「あ!や、やめっ…にゃっ!」
「そういえばテメェ、勝負持ちかけてくる前は結構いい反応してたよな?」
「ゥ、はっ…、も、ヤ…」
「…今の貴様は悪くないぜ?」
「…ゆ、遊戯、やめぇ…っ」
「クク…、あんまり可愛い反応されるとさぁ…、もう反則負けでも何でもいいからブチ込みたくなっちまうなあ…?折角貴様が一生懸命準備してくれたわけだし…使わないと損って奴だろうな…?」

 言いながら千年輪を厭ったらしく舐め上げる。バクラはヒッと息を詰まらせ倒れ込むようにして遊戯にすがりついた。
「イ、イヤだっ! それだけは勘弁…っ!!」
「フッ…素直だな。じゃあ、メカニズムはよくわからないんだが、このイカサマの種明かしをしてもらえるか? そうすればその時点で勝負再開といこうじゃないか? えぇ?」
 尖った顎に指をかけて上向かせると、すっかり覇気の失せた瞳に見上げられた。
 無論バクラは遊戯の申し出をはねることはしない、…というよりできないであろう。
「どんなトリックな訳? このアイテムの特殊能力なのか?」
「…そう、なんだろうなぁ。…昔の宿主が拷問されかけた時に知ったんだけど…。要は触覚だけ接続切って、リングに代行させてました訳です…」
「ふうん。当然解除は出来るんだよな?」
「…ああ」
「じゃ、即刻解除実行」
「……ヘイ」
 遊戯の手の中で淡くリングが発光し、すぐに消えた。どうやらちゃんと指示どおり解除したらしく、指でなぞっても反応しない。
 興味なさげにポイと落とせば、カシャンと音を立ててアスファルトに転がる。
 しかし、光りが消えた途端バクラがガクンと膝をついて座り込んだ。
 見れば薄い肩を自ら押え込み、遣る方無く震えている。
 怯えた小動物の耳の様にへたりと寝てしまっている跳ねっ毛をなでると、か細い声で呻きをあげた。

「…んの…っ、ウァ、な、何…」
 バクラは絶大なる危機に直面していた。
 つい先程までリングに加えられていた刺激と、その前に遊戯にほどこされた急所への愛撫の感覚が、今になって大挙して押し寄せてきて、復帰したばかりの皮膚感覚が神経を暇無く刺激してきて脳髄が痛いくらいだった。
 下腹が引き攣れたようにズキンと痛むのは、おそらく勃ち始めているからだろう。図らずも宿主の身体の不能の嫌疑が晴らされたが、これっぽっちも嬉しくない。
 もう遅いかもしれないが、遊戯にばれないようにうずくまって身体を少しでも隠す。

 遊戯はさてどうしたものかとバクラを見下ろした。
 丸まって震えているバクラを嬲るのは、小動物でも虐待している気分にさせられそうで少し心が痛む。きっとロップイヤーな跳ねっ毛のせいだ。
 しかもトレードマークのとんがりうさ耳にへたられてしまうと、友人である獏良をいたぶっている気にもなってきて気が引ける。
 しかし、コイツにさんざんプライドを傷つけられたのも事実だし、勝敗を付けないことには落ちつかない。
 コイツはうさぎでも獏良君でもなく卑怯なイカサマ野郎なんだ、と自分に言い聞かせ、遊戯はうずくまったバクラの右の跳ねっ毛を掴んで引き上げた。
「イ、痛っ!」
 頭を振って拘束から逃れようとするのを押え付け、横倒しにする。
 すかさず覆い被さってみれば、大分情けない顔つきになってしまっていたが、まぎれもないバクラの顔だったので安心して苛める事にした。

 口元に微笑を、視線には慈愛をたずさえて、つい先の乱暴とは別人のように優しく、汗の浮かんだ額に貼りついた蒼銀色の硬い髪を撫で付けてやる。
「…痛いか? …助かりたいか?」
 耳元で囁く様に。
 バクラは潤み始めている眼を閉じて、手で顔をおおいながらこくこくと頷いて見せた。
 暴走寸前の身体を持て余して、どうしていいのかもうわからない。
 耳元に寄せられた遊戯の吐息がかかるだけで意識が飛びそうに点滅する。
 遊戯は、殊更繊細な仕草で赤らむ耳にかかった髪を掻き分けて、曝け出した耳にほんの小さな声で囁いた。
「……駄目だな…」
「…っ、遊戯っ…」
 バクラが顔を上げてキッと睨み付けると同時に、遊戯は動作もままならない彼の口唇を素早く塞ぐ。
 意固地に侵入を拒む口唇は、抱き締めた脇腹に指を這わせると、すぐさま詰まった吐息が吐かれてわずかに開かれた。
 逃げられぬよう片手で後頭部を固定し、もう片方は反撃を封じる為、震えの止まない厚みも色も薄い身体を撫で回す。
「んー!ゥ…、っふぁ!」
 つっぱねようとする動きなど綺麗に無視して、歯列を割り、口内を縦横に蹂躙する。
 バクラが無作為な抵抗を続ける程、拘束の力を強めて無条件降伏を促す。
 この状況で無益な反抗を繰り返しても意味が無いことを、直接身体に付き付けてやれば近いうちに陥落するはずだ。
 脇腹を這い回っていた手の平を下肢に伝わせ撫で上げると、先刻いくら技巧を尽くしても完全なるシカトを決め込んでいた部分がすでに固くなり始めている。
 バクラが力の入らない腕で制止しようとしてくるが、遊戯の動きは全く遅滞せず、ややあって下着の中に侵入してきた。
「…いッ!こ、コノ…っ」
 直に捕われると、情けない程腰に力が入らない。
 焦らすように嬲り始めると、泣きそうに上擦った悲鳴が洩れた。
「テッ、テメ…ェ!ぐ、アッ、ァ‥‥はァ」
「フフ…可愛い声してるんだな…。声変わりしていないのか?」
「う、うるさいっ!ぁ、も…手ェ離せ!」
「聞けないなあ」
「うあっ!」
 強い力で握り込まれて、抵抗しようと伸ばした腕が硬直する。
 遊戯はその指先に見せしめを兼ねて舌を絡めた。
 慌てて退こうとしても許さない。ついでとばかりにもう片方の腕も捕え、歯でズボンのジッパーを引き下げた。

「うわ!待て待て!おい、コラ、クソ遊戯っ!聞いてんのっ、か…あ、ァ!」
「…悪党の泣き声は聞こえんな…」
「だ、誰がっ、コノ! アッ…ゲ、外道ッ!ヤッ!し、死ねぇっ!」
 ぬめる口内に咥え込まれ、罵倒交じりの悲鳴が絶え間なく上がる。
 手で弄られ続けて、すでに先端から透けた色の無い滴が零れるそれは、筋を伝って軽く歯を立てるだけでヒクリと跳ねた。
 手淫だけでことを済ませてもよかったが、さっきの屈辱の意趣返しをしてやりたいという意地悪い望みがある。くだらない策謀や反抗も出来なくなるくらいとことん狂わせてやる。
 何度も繰り返しているうちに、遊戯を引き離そうとしていた手の平が、震えながらしがみつくものに変わった。
 己の口から上がる高いトーンの悲鳴を聞くのが嫌で、必死に喘ぎ声を飲み込んでいるので、半開きの口唇からは詰まったような呼吸音と、飲み込み損なった唾液だけが零れ落ちていく。

 バクラのそろそろ虚ろになってきた意識に、絶望的なヴィジョンが浮かぶ。
 このままだと自分はもうすぐ勝負に負けるだろう。死に物狂いで逃げ出したいが、いかんせん腰から下の神経が麻痺したように動かない。
 負けたら待っているのは、アノ破壊神の如くそびえる王サマ自慢の鉄柱責めだ。

 …死ぬ。
 確実に逝ける。

「…死にたく、ねェよ…」
「おいおい、随分と人聞きの悪いことを言うんだな。一晩くらい昇天するのもたまには悪くないだろ?」
「…えッ、永眠したら、どうしてくれる…っ、こんバカっ!」
「大げさだなぁ…。仮にも昔プロだったんじゃないのか?」
「オンナの身体なら、な…! な、なんで男の宿主なのに、こんな目に…っく」
「…可愛い子選びすぎたんじゃないのか?リスク高いだろ、この身体」
 つーかオマエが可愛いけど、と呟きながら、勃ち上がりきった性器を再び根元まで咥え込む。
 もう一切の猶予なく一気に終わらせるために、強く吸い上げて前後に滑らすと、不随意に両足が引き攣り、急速に解放に向かった。
「ァ、はっ…ま、待てぇっ!……っあぁ!」
 一瞬身体全体が硬直し、数回ビクビクと跳ねた後、指先まで弛緩して沈み込んだ。
 遊戯は放たれた精液を零さない様に飲み干すと、濡れた性器も舌で丁寧にぬぐってやる。
 バクラはぐったりと眼を閉じて動かない。
 湿った口唇から途切れ途切れの荒い呼吸を漏らすだけだ。
 空々しいほど優しげな手つきで、愛しい相手にするように紅潮した頬をなでていたら、濡れた瞳が薄っすらと開かれた。
 あまりに脱力した様に少しばかりの憐れみを感じ、心にもなかった労りが意識せず口から出る。
「…大丈夫か?」
「……っは、は、ぁ…」
「オレの勝ちだな」
「………っく…、死ね…」
「否だな」
 飽きもせず呪う元気があるなら大丈夫だと自分勝手に判断し、遊戯はくたりと横たわる身体を抱き上げる。
 ふらりと昏倒しかねない上体を自分に凭れ掛らせて、そっと手を着衣の後ろに忍ばせた。

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